企業価値を算出することは、M&Aを実行する際に最も重要な指標の一つです。また、よく混同されている言葉に、時価総額や事業価値などがあります。これらと企業価値は一体何が違うのでしょうか。
今回の記事では、M&Aを検討している方に向けて企業価値の意味をできるだけわかりやすく紐解き、その算出方法も解説します。
企業価値とは
企業価値とは、企業の総合的な価値を意味します。その大部分を占めるのは、本業としている事業の価値です。企業の資産である不動産や車両、設備、有価証券、遊休施設などの事業用、および非事業用資産のトータルが企業価値です。
M&Aでは、事業の売り手と買い手の交渉によって取引価額が決定します。その際に、基準がなければ交渉がまとまりづらくなります。だからこそ、取引価額の目安になる基準
として企業価値を計算しておく必要があります。
企業価値は交渉のたたき台となるもので、売り手と買い手がどちらも納得できる妥当な値を算出することが必要です。そのため、企業価値と関連性の深い時価総額や事業価値についても理解する必要があります。
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企業価値と時価総額との違い
時価総額とは、対象となる企業が発行している株式の株価の総額です。企業の価値を時価総額で測るケースも珍しくありません。しかし、そのためには有利子負債が欠けています。
企業価値を計算式にすると、以下のとおりです。
時価総額+有利子負債=企業価値
時価総額が投資家にとっての指標とする場合、企業価値は金融機関などの融資を行う立場からの評価も織り込んだ価額になります。
企業価値と事業価値との違い
対象となる企業の事業が、今後獲得するであろう収益の総和が事業価値です。事業用資産の価値だけでなく将来のキャッシュフローも加算するので、計算が複雑になります。
事業価値の計算方法に固定された方法というものはありません。企業存続を前提として計算する、DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法を利用することが多いです。他にも、M&Aの条件や目的に合わせたさまざまな方式があります。
注意点として企業価値は、遊休資産や金融資産、余剰資金などの事業活動には使われていない非事業価値を加えた総計
であるということです。
金融資産とは株式や債券などの有価証券の類いであり、遊休資産とは事業目的で取得した資産のうち、稼働していない資産です。
計算式で表すと、以下のようになります。
事業価値+非事業価値=企業価値
企業価値とはあくまで経済価値
企業価値は、あくまで対象企業の有する経済的な価値
のことであって、実際にM&Aで取引される取引価格とは異なるものです。これを一物多価と呼びます。同じ物件でも、買い手に与える価値によって価格は変わるのです。
上場企業の株式取引を例に挙げてみましょう。市場において売り手と買い手の利害が一致する価格で取引が成立し、それがその株式の市場価格となります。
しかし、実際に買い板や売り板でさまざまな気配値が出ているということは、それぞれの買い手と売り手にとっての価値が異なることの証明です。
企業価値と取引価格は異なる
M&Aでは、ある売り手企業に対して複数の買い手企業が関心を示して入札となるケースがございます。
入札に参加するそれぞれの買い手企業は、その売り手企業に期待している収益性や市場内の競合の状況など、さまざまな要素を考慮して買収価格を提示します。
そのため、各企業は異なった買収価格を提示することになります。このように、企業価値は客観的に評価されていれば誰が見ても同等になりますが、実際の取引価格は買い手の事情によって変化
するものです。交渉力をつけるためにも、客観的な評価をする能力を高めましょう。
事業価値を構成する要素
ここでは事業価値を構成する、以下の3つの要素について触れておきます。
● 資産と負債
● キャッシュフロー
● マーケットとの対比
それぞれを詳しく見ていきましょう。
資産と負債
資産および負債の額は、事業価値を考える際のベースとなる要素です。
まず、資産は固定資産と流動資産に大別されます。固定資産は1年以上にわたって企業内に留まる資産で、具体的には「有形固定資産」「無形固定資産」「投資その他の資産」の3つです。一方、流動資産は1年以内に現金化できる資産となります。
次に、事業で生じる負債、つまり「事業用負債」です。負債を含むのは、事業価値を計算する際に基準となる将来のキャッシュフローに、負債である「買掛金」「未払法人税」「未払費用」「賞与引当金」などを含めるためです。
キャッシュフロー
現金の流れを意味するキャッシュフローは、対象事業の収益性を表す基準となります。より正確に求めるために考慮する必要があるのは、超過収益力である「のれん代」やブランド価値、人材力や技術力などの無形資産です。
マーケットとの対比
事業価値の算出でよく使われるDCF法では、どうしても予測に恣意性が介入しやすいという課題があります。
そこでよく用いられるのが、マーケットの中で対象企業と類似した企業をいくつかピックアップし、財務数値の平均値や中央値と対比することで、評価に客観性を加える考え方です。
M&Aの実務における企業価値/株式価値の算出方法
M&Aを実際に行う場合に使用される、企業価値や株式価値の算出方法について解説します。算出方法は主に、以下の3つです。
● コストアプローチ
● インカムアプローチ
● マーケットアプローチ
個別に詳しく見ていきましょう。
コストアプローチ
コストアプローチは、対象企業の保有資産と負債をベースに株式価値を評価する考え方です。純資産が基準なので客観性がある評価ができます。
財務諸表の数値が基になるので「のれん代」(技術力やブランドバリューなどの見えない価値)が反映されにくくなり、別途でのれん代を加えることが多いです。
中小企業が対象のM&Aにおいては、コストアプローチがよく使われます。しかし、大企業のM&Aではコストアプローチよりも、マーケットアプローチやインカムアプローチが用いられることが多いです。
コストアプローチの具体的な算出方法としては、「簿価純資産法」と「時価純資産法」があります。それぞれを解説しましょう。
簿価純資産法
簿価純資産法は、対象企業の資産と負債の帳簿上の価格をベースに算出します。帳簿に計上されている資産から、負債を差し引いて出る純資産額を株式価値とみなすのです。
資産-負債=純資産
この手法は、シンプルな計算で出せる上に、帳簿に記載されている数値を用いるので一定の客観性を担保できます。
ただし、含み損や含み益で帳簿価格と時価にギャップが生じているケースでは、実態と乖離しているというところが欠点です。
時価純資産法
簿価純資産法の欠点を解消する手法が時価純資産法です。これは、評価対象企業の資産と負債を時価に置き換えて算出する手法となります。
ただし、すべての資産と負債の時価評価は現実的には難しいので、重大な含み損や含み益が発生している部分に限り評価替え
をするのが一般的です。
インカムアプローチ
対象企業の将来における収益やキャッシュフローの予想を基準として、企業価値を評価する考え方です。企業価値の算出法としては、最も一般的な方法とされています。
具体的な手法としては「DCF法(ディスカウンテッドキャッシュフロー法)」「収益還元法」「配当還元法」の3つです。個別に見ていきましょう。
DCF法
事業計画に基づいて5年ないし10年後のバランスシートやPLから収益の予想を立て、適切な割引率を用いて現在価値に置き換える手法
です。このDCF法は、事業価値評価に多く使用されます。
しかし、中小企業にはあまり適用されません。その理由は、評価のベースとなる将来の収益予測が中小企業では難しいからです。
収益還元法
収益還元法とは、平均収益を資本還元率で割ることによって企業価値を評価し、将来にわたって発生する収益の総和を計算して企業価値を測る手法
です。
収益還元法は平均収益が不安定であれば、計算が困難になります。ベンチャーやスタートアップのように、収益の変動が大きい企業には適用し難しい手法といえるでしょう。
配当還元法
配当還元法とは、配当額の予測値を基に企業価値を算出する手法
です。配当額を利率で割ることにより、元本の株式の価値を求めて企業価値を測ります。
ただし、企業の配当政策次第で配当額は変動するものです。そのため、確定的な値を出すことは困難であり、大企業を対象としては活用し難い手法といえるでしょう。
非上場企業や株主が少数の上場企業であれば配当政策は変動しにくいため、この手法がよく使われます。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、株式やM&Aのマーケットにおける取引価額を基準に企業価値を評価する考え方です。マーケットアプローチの代表的な手法は「マルチプル法」と「類似取引比較法」になります。
マルチプル法とは、対象企業に類似している上場企業の株価を参考に、KPI(重要業績評価指標)に倍率をかけて、相対的な企業価値を算出する手法
です。市場価格を基準とするので、ある程度の客観性は担保できます。
類似取引比較法は、過去のM&A事例から企業価値や株式価値をベースに各種の倍率を算出し、それを用いて対象企業の株式価値を測る手法です。しかし、M&A事例の情報を入手することが難しい非上場企業においては、あまり用いられることがありません。
企業価値をアップするためにできること
企業価値をアップするためには、以下のようなことに取り組むのが有効です。
- 収益性の向上を目指す
- 保有資産や財務状況を見直す
- 人材育成などで無形資産を増やす
それぞれを見ていきましょう。
収益性の向上を目指す
企業価値の算出企方法に関わらず、収益性の高さは重要な項目です。
これを実現するためには、新たな市場を開拓して売上規模を大きくしましょう。また、経費や原価のシビアな見直し
をするなどして同じ売上規模でも内容をよくすることが効果的です。
資産状況や財務状態を精査する
資産状況や財務状態を改善することにより、企業価値は上がる可能性があります。未回収の売掛金や買掛金、多量の不良在庫などの無駄なものはないかを精査しましょう。あるいは、金融機関などからの有利子負債も気になるところです。
そうやって資産状況や財務状態を精査した結果について、会計処理等で改善できる部分があれば改善することで、少しでも企業価値の向上にプラスになるでしょう。
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マンパワーや技術力のブラッシュアップ
人材育成や優秀な人材確保による人材力の向上、あるいは技術部門にリソースを投下しての技術力の向上を図るのも有効でしょう。具体的には、優秀な人材を営業部門や間接部門に持つことや、特許申請できるような新しい技術を開発することです。
それ自体で企業価値を上げ、のれん代などの無形資産の拡大
につながります。無形資産は目には見えなくとも、財務状態の改善や収益性に形となって現れ、貢献してくれるものです。
適切に企業価値を認識して取引を有利に
M&Aが進行する中で、たとえ同じ価格が2社以上から偶然に提示されたとしても、彼らが感じている価値は同じとは限らない
でしょう。
ある買い手企業にとっては、是が非でもその企業を買収したいゆえの少し無理した価格かもしれません。別の買い手企業にとっては、これくらいで買収すれば値打ちがあるだろうと、少し低めに出した価格かもしれないのです。
さらに、その価格が売り手企業のオーナーにとってベネフィットがある価格かどうかはまた違います。
売り手企業にとって取引を有利に持っていくためには、自社の価値を適切に認識しつつ、買い手企業の背景をよく理解し、自社の持つ力が活かせる提案を考えましょう。そうすれば、買い手企業にとっての価値が上がり、取引を有利に進めまれます。
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企業価値まとめ
企業価値とは企業が持つ価値の総計であり、事業価値や時価総額だけでは算出しきれない要素も含めた包括的な価値を意味します。算出法はいろいろ存在しますが、企業規模や背景によって適切な手法はさまざまです。
売り手企業は自社にとって適切に価値が反映できる手法を模索して、企業価値を認識することが大切となります。その上で、少しでも有利に取引を進めるために、買い手企業の背景をよく調べ、自社の持つ価値を最大限に活かす提案を武器に交渉しましょう。