近年では、M&Aが企業の成長戦略としての市民権を得てきた背景もあり、デューデリジェンス(DD)という言葉を耳にする機会も多いことでしょう。デューデリジェンスはM&A実行の際に、買い手にとって失敗を避けるために欠かせない重要な工程です。
対象企業から提供される情報に基づいて実態を把握して評価し、問題点を洗い出すのがデューデリジェンスの担う役割となります。今回の記事では、そんなデューデリジェンスの意味や必要性に実務上のポイントも含めて包括的に解説します。
デューデリジェンスは中小企業のM&Aにおいても必要
デューデリジェンス(以下DD)は財務や税務、法務の専門家が入って行う大掛かりな作業であり、一般的に上場企業対象のM&Aで行われるイメージが強いかもしれません。ところが、中小企業にもDDの必要性は高いのです。
例えば、中小企業に多いオーナー企業は筆頭株主=経営者のケースが多いため、意思決定の速さや強い指導力の発揮などの強みがあります。しかし、上場企業のように経営が所有と分離している場合の株主による経営監視の効果はありません。
そのため、強大な権限のオーナー経営者による会社の私物化リスク
があります。そんな会社を買収する際には、経営者が利益相反となる行為や自己利益のために、過度のリスクを会社に負わせる行為がないかを精査することは必須です。
様々な取引の詳細を精緻に調査しなければなりません。他にも、中小企業特有の課題でリスク管理体制や、コーポレートガバナンスの脆弱さなどに起因する法的問題や財務上の問題
が検出されることがあります。
法的な瑕疵等や重大な粉飾決算などの深刻で修復不可能なものであれば、M&Aの交渉自体が中止となる場合もあるでしょう。
深刻でなくとも対処が必要な問題ではそれがもたらす損失やリスクを評価し、表明保証を売り手に求めるか、買収価格の引き下げを求めるなどの対応が一般的に取られます。
このように、中小企業が対象でもM&Aの成否を左右する欠かせない作業であることは間違いありません。詳しく調べると際限がなくなりますが、予算に応じて適切な範囲で実行することが必要です。
デューデリジェンスの意味
まず、DDを行う意味について確認しておきましょう。まずはDDとは何かを解説し、その目的について明らかにします。その上で、DDが実行されるフェーズと期間について解説しましょう。
デューデリジェンスとは
DDは買収監査とも呼ばれ、M&Aのプロセスの中で対象企業の価値を見極める重要な工程です。買い手企業にとって買収する価値が実際にあるかどうかを、公認会計士や監査法人が専門的に精査します。
デューデリジェンスの目的
DDを行うことには、買い手企業にとって以下のような3つの目的があります。
● M&Aを実行する意思決定のため
● 買収価格の交渉と決定のため
● M&A実行後の適切な経営のため
個々の目的を詳しく見ていきましょう。
M&Aを実行する意思決定のため
DDは、M&Aを実行するかどうかの意思決定のために行われます。対象企業の実情を調査することで、買収にどういう課題があるのか、そもそも買収が適切な判断かを分析することが可能です。
正しい判断を下すためには対象企業の財務や税務、法務や本業のビジネスなど、あらゆる側面から実態調査を行う必要があります。M&Aの実行そのものの可否を判断することが、DDを行う最も大きな目的です。
買収価格の交渉と決定のため
M&Aにおいて、DDは適正な買収価格の認識と交渉・決定のためにも行われます。M&Aのプロセスにおいて、対象企業からの情報提供が先に行われ、買い手企業はその情報をベースに暫定的な買収価格を決定するでしょう。
しかし、対象企業からの情報提供が全て真実とは限りません。また、帳簿上に現れていない労働環境や知的財産権などの情報を把握するのは至難の技
です。
よって、買い手は財務DDをメインに行い、簿外リスクを含めた真実に近い情報を得て、できるだけ的確な企業価値の評価を行います。DDで対象企業の財政面に関わってきそうな事項が明らかになれば、買収価格は修正が必要です。
M&A実行後の適切な経営のため
DDは、M&A実行後の適切な会社経営のためにも行われます。対象企業の社内の状況や市場においての動向を事前に調査し分析することは、M&A実行後の経営方針や取るべき施策を検討する大切な下地です。
そのため、多くの場合にマーケティング面を重視した事業(ビジネス)DD
が行われ、対象企業の属性や事業領域を調査し、プライオリティ(市場優位性)を評価します。
デューデリジェンスがもたらすベネフィット
DDの実行は、主に以下のような5つのベネフィットをもたらします。
● M&Aに関するアカウンタビリティ
● M&Aスキームの分析
● 帳簿に基づいた企業価値の適正評価
● M&A後の経営にかかわる情報収集
● 最終的な契約事項への反映
それぞれを見ていきましょう。
M&Aに関するアカウンタビリティ
自社の経営戦略に、なぜM&Aが必要であるかという合理性や整合性について、ステークホルダー(利害関係者)に対するアカウンタビリティ(説明責任)を果たすことが可能になります。
M&Aスキームの分析
想定していたM&Aのスキームを実行して本当に問題はないのか、事業譲渡や会社分割などの手法によってリスクヘッジする必要はないか
などを適切に判断することができます。
帳簿に基づいた企業価値の適正評価
簿外リスクも含めた、ありのままの企業情報を織り込んだ企業価値の適正な評価を行って、妥当な価格設定ができます。
買収後の経営にかかわる有益な情報
リアルな情報を得つつ、客観性を伴う市場動向の調査・分析により予想される経営リスクを洗い出し、買収後の経営のために有益な情報を獲得できます。
最終的な契約事項への反映
問題点を事前に精査して可能な限り洗い出しておくことで、買い手は負担したくないリスクを契約事項に反映して遮断
することが可能になります。
デューデリジェンスが行われるフェーズと期間
DDが行われるフェーズは、一般的に売り手と買い手が最終的な合意に向けて協力し合うことを、お互いに確認する基本合意書の締結の後です。
作業期間は中小規模のM&Aの場合、一般的に2週間前後で集中的に行われます。長い期間をかける印象もありますが、売り手と買い手の双方にとって極力時間はかけたくありません。
必要資料の準備は時間を要しますが、事前に揃えておけば調査自体は短期間で完了
します。専門家の手による調査とマネジメントインタビューを行った上で、取り立てて問題がなければ条件が確定して最終契約へと進むのが一般的です。
デューデリジェンスには様々な種類がある
DDは調査の視点によって、種類が7つあります。これらを全て実施する必要や義務はありませんので、取り組むM&Aの状況から必要と考えられるものを選択すればよいでしょう。
また、複数のDDを実行した場合はそれぞれの結果を関連づけた総合的な評価が可能
になり、より適切な判断がしやすくなります。
7種類の内訳は以下のとおりです。
● 事業(ビジネス)デューデリジェンス
● 法務デューデリジェンス
● 人事デューデリジェンス
● 税務デューデリジェンス
● 財務デューデリジェンス
● 環境デューデリジェンス
● ITデューデリジェンス
個別に詳しく見ていきましょう。
事業(ビジネス)デューデリジェンス
事業(ビジネス)DDではその企業を含めた市場全体を評価し、その中での位置付けを認識した上で、その事業がM&Aを行う目的に適合しているかどうかを精査します。
外部および内部環境の分析によってビジネスモデルを理解し、将来性を考える作業です。また、買い手企業がどのように関与すればシナジー効果が得られるか
を想定するためにもDDは有効となるでしょう。
法務デューデリジェンス
法務DDでは、対象企業が関係する契約や取引に関係する権利や債務・債権などについて、法務上のリスクがないかを精査します。
法的なトラブルが起これば、訴訟の対応や任意整理などで大切な経営リソースが浪費
されることになり、経営にとってマイナスにしかなりません。
対象会社が深刻な紛争や訴訟を抱えている場合や、取引上の違反行為や権利の侵害で損害賠償請求を受けている場合では、法務DDは徹底的に行う必要があります。
人事デューデリジェンス
人事DDでは給与体系や退職金、就業規程など人事制度を把握し、人材マネジメント部門である採用・評価制度・教育・昇進昇格・報酬・配置などの実態を精査します。
マンパワーは企業の原動力であり、人事を掌握しなければシナジー効果など期待できません。企業文化が異なることで起こる摩擦や評価制度の矛盾、従業員のモチベーション低下など、買収に伴う人事上のリスク
を想定し、準備を整えることができます。
事業承継M&Aで株式譲渡方式を採用すると、買主は法律的にも未払い残業代を負担することになります。従業員たちが未払い残業代を請求していない段階では現実の債務になっていないため、未払い残業代は偶発債務に該当します。未払残業問題は、買収前にしっかりDD(デューデリジェンス)しておくことがマストな項目の一つです。
税務デューデリジェンス
税務DDでは、主に以下のような項目を精査します。
● 繰越欠損金処理は適切か
● 事業税や法人税などの申告は適正か
● グループ法人税制や組織再編税制の取扱いに問題はないか
税務に関しては専門的な判断と選択する処理方法によって、納税額が大きく変わります。過去の申告漏れや間違った税務処理が見つかった場合、ペナルティが課される
ケースもあるので注意が必要です。
財務デューデリジェンス
財務DDでは、対象企業の経営状態や資金繰りなどの財務状況を精査し、併せて不正な会計処理や取引がないかを調べます。これらは、キャッシュ・フローや正常収益力などの基礎情報を正確に得て、将来の収益レベルや債務リスクを洗い出す
ための作業です。
具体的には取締役会議事録や会計方針の確認、損益計算書や貸借対照表などが行われます。
環境デューデリジェンス
環境DDでは環境リスクと環境に関連する法令への違反、および企業イメージに与える影響などを分析します。
調査対象は以下のような項目です。
● 大気汚染
● 土壌汚染
● PCB(ポリ塩化ビフェニル)
● アスベスト
● オゾン層破壊物質
● 騒音・振動
● 産業廃棄物
● ばい煙等排出ガス
● 危険物・特殊薬液貯蔵施設
● 排水水質
また、危険物質が使われていないかを書面から分析し、サンプル調査なども行われます。対策としての工事が必要であれば、コストを見積もるのです。環境汚染の対応コストは莫大な額になる
こともあり、結果次第ではスキーム変更を迫られる事態もありえます。
ITデューデリジェンス
ITDDでは、対象企業が導入しているITシステムを精査します。顧客管理や販売管理、会計や人事労務の各システムをどのように結合すれば、無駄な工数を減らしてスムーズに統合
できるかを判断するためのものです。
業務フローを効率的にシステムに落としこむことができなければ、日々の業務が煩雑になってシナジー効果が発揮できなくなります。期間の制限がある中で、対象企業のITリソースを精査して基幹システムを統合・連携させられるかなどを判断しなければなりません。
デューデリジェンスの一般的な手順
DDの手順は一般的に、買い手企業がM&Aアドバイザーや公認会計士や監査法人などに依頼し、専門家である担当者が売り手企業を訪問します。帳簿の閲覧や、必要であれば棚卸などを行って決算書からはわからない企業の経営実態を見極める
ことが課題です。
次に経理担当者や役員、社長などにヒアリングを行って報告書をまとめます。情報漏洩リスクを回避するために、一連の作業を一般従業員に気づかれずに進める必要があるでしょう。
事前に信頼できる協力者を社内で見つけておくことや、休業日に実行するなどの工夫が求められます。
DDの主なフローは以下の通りです。
● フェーズ1:案件概要の把握と基礎資料の入手
● フェーズ2:調査範囲のすり合わせ
● フェーズ3:事前の分析
● フェーズ4:手続きの確定
● フェーズ5:依頼資料のリスト送付
● フェーズ6:当日前半/資料の閲覧・分析
● フェーズ8:当日後半/インタビュー・質疑応答
● フェーズ9:Q&A(テキスト)
● フェーズ9:レポート作成
● フェーズ10:最終報告
M&Aにおけるデューデリジェンスの注意点
M&AのプロセスにおけるDD実行の際の注意点について、詳しく見ていきましょう。主な注意点は以下の3つです。
● DD実行のタイミングの見極め
● 事前計画とポイントの絞り込み
● 外部アドバイザーへの依頼
それぞれの注意点を詳しく見ていきましょう。
DD実行のタイミングの見極め
M&Aプロセスの中でDDを実行するタイミングは基本合意契約が締結され、最終条件交渉に移る前の段階
で行われるのが一般的です。
早過ぎるDDは、不確かな噂が流れて従業員や取引先を不用意に動揺させてしまうおそれがあります。遅過ぎても別の買い手によって先を越されるリスクがあるので、適切なタイミングの見極めが必要です。
事前計画とポイントの絞り込み
明確な目的を持たずにDDを進めることは、コストや時間の浪費につながります。限られた期間内で、限られた情報から有益なもの
を取り出さなければなりません。
事前に周辺の情報を集めて、どのDDを行うべきかを絞り込んでおくことが重要です。
外部アドバイザーへの依頼
顧問会計士や顧問税理士にDDを依頼する場合、内情を深く知るが故に本当に重要な部分に切り込めない
ケースが見られます。そういう意味から、DDを依頼する先は外部のM&Aアドバイザーが望ましいといえるでしょう。
外部からの客観的かつ冷静な意見をもらうことで、調査結果に対する信頼性も高まります。M&AアドバイザーはM&Aのスペシャリストなので、現状分析と課題の洗い出しはもちろん、買収後の展開を踏まえた調査報告が活かせるコンサルティング
も期待できるでしょう。
デューデリジェンスの重要性について
売り手企業が買収後に良好な業績を継続的に上げるためには、それまで経営を圧迫してきた要因をDDによって見極めておくことが重要です。売り手企業にとって、DDによる経営実態の正確な把握は新出発への第一歩
といえるでしょう。
例えば、事業DDにおいて関連事業の市場環境を精査すれば、対象企業が問題を抱えているのか業界構造の問題なのか
が見えてきます。
財務DDでは、本業のキャッシュフローの様子が浮き彫りになるでしょう。保有資産の収益性や時価を精査することで、そのまま保有するべきか手放すべきかの判断も可能です。
正しい認識に基づいた新たな経営計画によって、注力する事業の優先順位をつけることは、企業グループとしての生産性の向上に役立つでしょう。
このように上場企業はもちろんのこと、中小企業対象のM&AにおいてもDDの重要性は極めて高いのです。
デューデリジェンスまとめ
ここで見てきたように、M&Aを実行に踏み切るかどうかの意思決定においてデューデリジェンスは欠かせません。ありのままの状態を認識し、買収後のシナジー効果をより的確に想定するためにも重要です。
とはいえ、対象企業のすみずみまでを調査することはできません。時間とコストを念頭に置き、外部の信頼できるM&Aアドバイザーに相談しながらM&Aのビジョンを描くことをおすすめします。